今回は落語家の立川談慶師匠との対談をお届けします。2024年3月17日(日)に、アピオ甲府 タワー館で「立川談慶師匠 独演会」を開催した後の対談。談慶師匠のユーモアと笹本社長のパワーがぶつかり合い、会場に爆笑の渦が広がりました。
落語の「笑い」がものの見方を変えるきっかけに
ゲスト
立川談慶師匠
主宰 笹本清美
白根運送株式会社 代表取締役
協力 PHP研究所
写真 吉田和本
構成 中川和子
(プロフィール)
●立川談慶(たてかわ・だんけい)
落語立川流真打にして著述家。「本格派(本書く派)落語家」を名乗る。1965年生まれ、長野県上田市出身。慶應義塾大学卒業。ワコールに入社するも芸人の道を諦めきれず、吉本興業福岡1期生オーディションに合格して所属。その後、立川流に入門し、2005年に真打昇進。慶應義塾大卒では初めての真打となる。駿台甲府高校出身で、山梨県とは縁が深い。
●笹本清美(ささもと・きよみ)
1954年生まれ。会計事務所勤務を経て、白根運送に入社。1992年に先代である父から社長を引き継ぐ。主に飲料などの食品を扱い、倉庫業、請負業も手がける。茶道裏千家教授。松下幸之助経営塾第1期生。
■良い種をまかないと良い植物は育たない
立川談慶師匠(以下談慶):私の『花は咲けども 噺(はな)せども』(PHP文芸文庫) をお読みくださって、ありがとうございます。「つらいことや苦しいことがあっても、一生懸命やっていればいいことがあるよ」ということを伝えたくて、書いた小説です。
笹本清美(以下笹本):実は今年、白根運送は設立65周年で、周年行事の一環として、本を出すことにしました。ご縁をいただいている方たちに寄稿をお願いする予定なので、師匠もお願いいたします。この本には社員の一文も載せる予定です。
談慶:それは素晴らしいですね。
笹本:ある方の「いろいろなところに請われて文章を書いたけれど、ハードカバー(硬い紙の表紙で綴じられた本)に文章が載ったことはない」というお話が心に残っていて、「うちの社員の文章を載せたハードカバーを出そう」と思いついたのです。普段、本を読まない社員は非常に迷惑がっているんですが(笑)。なぜそんなことを思いついたかと言うと、本が社員一人ひとりの宝物になる、その瞬間を見たいんですね。
談慶:すべての出版人に聞かせたい、いい言葉ですね。
笹本:ありがとうございます。彼らが本を手に取って開いた瞬間に、自分の文章と名前がそこに載っている。そんな経験はなかなかできないですからね。それが私の経営者としての集大成だと思っております。
談慶:ちなみにタイトルは決まっているんですか?
笹本:「玉石混淆の頭陀(ずだ)袋」か、私がいちばん好きな「夢の一歩の福の種」を入れさせていただこうと思案中です。頭陀袋は私にとってはドラえもんのポケットで、そこにはどんな種があるかわからないけれど、その種を増やしていこうと。ただ、その種の質が問題です。植物も良い種じゃないと良い植物はできないですから。
談慶:行いが良くないと良い結果は出てこないですよね。因果応報ですね。
笹本:「種と植物」は「原因と結果」と同じ。「因」が良ければ「果」も良くなるはずで、「まいたものしか刈りとれない」ものだと思うんです。
談慶:うちの師匠の談志は、医学用語の「潜伏期間」という言葉を使っていましたね。「おまえが稽古をしないで遊んでいると、それが未来をカタチづくるんだぞ」と。すぐに落語はうまくならないかもしれないけれど、稽古を続けていれば芸が身についていく。その修業時代を「潜伏期間」と言ったんです。風邪をひいてすぐに症状が出るわけじゃないけれど、潜伏期間を経て、一週間後に風邪になるということです。発想は一緒ですよね。良い種をまかないと良い結果は得られないし、人の悪口を言っているやつは、まわりに良い友だちがいなくなるのと同じですね。
笹本:イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんに「私は自分がつながりたいと思った人には、なぜかご縁がつながるのです」という話をしたら、「きみは無駄かもしれないけど、空中に点を打っているんだよ」とおっしゃったのです。
談慶:笹本社長は行動が早いですよね。すべてをひきつけるパワーがあります。
笹本:空中に点を打つと、自分の目的のところにその点が動いてくれるのだそうです。その点はアップルの創業者、スティーブ・ジョブズの言った「.(ドット)と.(ドット)がつながる」ということなのです。みなさん、スマホを使って連絡したい人と必ずつながりますよね。この伝わるというのが「空中の点」なのです。自分が動くのではなく、点が動いて導いてくれる。たとえば誰かに会いたいと思った瞬間から、師匠がおっしゃった潜伏期間があって、どうしても5年、10年という時間が必要ですが、私の場合はだいたい10年サイクルで、なぜかその方に会う機会に恵まれます。
談慶:そうなんですか。すごいですね。
笹本:船井幸雄先生は「必然は偶然の顔をしてやってくる」というようなことをおっしゃっていました。偶然のように見えるけれど、すべて必然なんだと。そう考えると、プラスは偶然かもしれないけれど、マイナスは偶然なのだろうかと考えてしまいます。私は運送会社の経営者なので「このタイミングで事故が起こるのは偶然なのだろうか。もっと前からその「因」をどこかで作っていたのではないか」と。その「因」は過去にあるので、遡ってそこを直しておかないと、また同じような事故という「果」に遭遇してしまうのです。
談慶:それで言うと、コロナ禍で8割くらい仕事がなくなって気落ちしていたときに、かみさんが「あなた、落語家じゃなくて小説家になりたかったんでしょ!」と言ったんです。私と違って神経が太いもので(笑)。それで、仕事がなくなって空いた時間で小説を書いたら、PHPの編集長が見出してくださって本になって、今、社長やみなさんとこうやってご縁がつながった。そう考えると、点というか「天」というか、宗教ではないですが、大きなものの力に感謝したくなりますね。
■人間のダメなところを認め、受け容れるのが落語
笹本:実は私、ちょっとうつになりかけた経験がありまして。そのとき、自分が笑えていないことに気がつきました。うつのトビラを開くわけにはいかないので、どうすればいいかと考えたときに「落語だ!」とひらめきました。
談慶:それはすごいお見立てで。談志が「人間の業(ごう)の肯定」という難しい言い方をしたのですが、「人間のダメな部分を肯定するのが落語だ」と定義したんです。落語に登場するのはダメな人間ばかりなんですよ。落語を聞いて、ダメな人間を笑うことによって「ダメでもいいんだ」という気持ちになると、これがうつのブレーキになってくれるのかもしれませんね。
笹本:ほんとうにそうですね。
談慶:私のいちばん好きな江戸川柳で、すごいなと思うのが「泣きながら いいほうを取る 形見分け」というのがあるんですよ。「おとうちゃん、なんで死んじゃったの」と泣きながらも、形見を見て「これはいいものだ。これをもらおう」と思うのが人間の心理ですよ。これを詠んだ江戸っ子はすごいなと思います。悲しくて泣くしかない状況のときに、でも形見分けになるといいほうを取るなんて、人間っていじましいし、そうだよなと納得できる。悲しんでいるだけじゃダメだという、ブレーキになると思うんですよ。
笹本:うつになりかけた知り合いの経営者の方も、車の中で落語をかけて、ひとりで大笑いしていたそうですよ。
談慶:ああ、すばらしい解決方法ですね。落語家を呼んでいただいて、ナマで聞いていただくともっと効果がありますよ(笑)。
●以下、談慶師匠が会場のみなさんからの質問にお答えしました。
Q:立川談志師匠とのエピソードをお聞かせください。
談慶:立川談志をひと言で言えばケチです(笑)。モノを大事にするというか、金をかけないで処理することに生活の意義を置いていた人なので。ただ、ケチということとは少し違うんじゃないかということもありました。とにかく立川流というのは前座修業がメチャクチャ厳しいんです。普通4年ぐらいで前座修業を終えて二つ目になる。二つ目になると羽織が着られて、好きに仕事ができるという立場になるんですけれど、立川流は前座が長くて、私は9年半もの前座修業を課せられました。逆に二つ目からはリカバリーして、合計14年で真打ちになったんです。
真打ちのお披露目は、今はなくなってしまった赤坂プリンスホテルで、600人程のお客様が来てくださった。始まる前、師匠に挨拶したら「よく我慢したな。これでうまいものでも食え」と袋を渡してくれました。「ケチだと思っていたのに、ご祝儀をくれるなんて。これは考え方を改めないといけないな」と思って「いくらくれたんだろう」と袋の中を見たら、割り箸が入っていたんです(笑)。確かにうまいものは食べられますが。
私が最初にPHP研究所から出した本は『「めんどうくさい人」の接し方、かわし方』という本なんです。立川談志という強烈にめんどくさい人と出会った経験は、みなさんの役に立つだろうと思って書きました。みなさんにもひとりぐらいはめんどくさいやつがいるでしょう? そういう人と向き合うにはどうしたらいいか。それをつぶさに書いた本ですので、ぜひお読みください(笑)。
Q:落語を楽しく続ける秘訣、これは人生にもつながると思うので、教えてください。
談慶:亡くなった桂枝雀師匠は「毎日機嫌良く」と言っていましたね。やっぱり物事をプラスに考えるということでしょうか。人間、思うようにいかないとストレスが溜まって「人生終わりだ」みたいなことを言いますが、人生、何が起こるかわからない。目の前で起きたことですぐに結論を出さないほうがいいと思います。「何かあっても、あとでおもしろいことで回収できるかもしれない」という考え方に切り替える。それには他人と比べないことだと思います。自分と他人を比べてもしょうがないし、歩いている道も、背負っているバックボーンも違う。比べないようにすれば、先々に結論を置くことができるんじゃないかという考えになりました。
立川流の前座修業は厳しい、長い、と言われたけれど、それを乗り越えれば、たいていのものは怖くなくなる。今、振り返ってみると、談志のおかげでそういう耐性が身についたと思います。何より、談志からもらった小言が山ほどありまして、これが今、本を書くときの地下資源になっていますから(笑)。あの頃もらった罵詈雑言が実は宝物だった。見方を変えるというのがいちばんいいと思いますね。
先日、若い友人が事故にあって落ち込んでいたんですけれど「そのうちいいことがあるよ」と言っていたら、入院先の看護師さんと結婚することになりまして。事故が起きていなかったら結婚することもなかったわけだから。まさに違う見方、視点を変えることだと思います。
笹本:ありがとうございます。落語は何かに気づかせてくれるきっかけかもしれないですね。もしくは、イヤなことがあったときに、何か気がついていないことに気づかせてくれるのかもしれません。談慶師匠、本日はありがとうございました。