ご縁つなぎ対談④

白根運送 ご縁つなぎ対談

「清潔な現場と綺麗なトラックで“人から人”へのお客様の気持ちを大切に、安全・安心輸送で社会に貢献する」。これは白根運送株式会社の企業使命ですが、“人から人”へというのは、ご縁をつないでいることにほかなりません。

さらに素敵なご縁に出合いたくて、気になっている方々と対話を行うこの企画の第4回では、取締役の笹本裕美が、元キリンビール副社長の田村潤さんにお話をうかがいました。

田村潤さんは、キリンビールの全国の支店中、営業成績が最下位にあった高知支店を立て直し、“高知支店の奇跡”を起こした方です。笹本取締役とは、PHP研究所主催の「松下幸之助経営塾」と「田村潤実践経営塾」をとおして知り合いました。

コロナ禍以降、急激に変化している社会を見ながら、理念経営の大切さ、そしていかに実践していくかについてご教示いただきました。

第4回 ゲスト

田村潤さん

理念経営をいかに実践していくか

主宰 白根運送取締役 笹本裕美

協力 PHP研究所

構成 中川和子

写真 小池彩子

(プロフィール)

田村潤(たむらじゅん)

1950年、東京都生まれ。1973年、キリンビールに入社。1995年、高知支店長に赴任。四国地区本部長、東海地区本部長を経て、2007年から2011年まで代表取締役副社長。現在、100年プランニング株式会社・代表取締役を務める。著書に『キリンビール高知支店の奇跡(講談社+α新書)』など。

笹本裕美(ささもとひろみ)

白根運送株式会社取締役。

現社長・笹本清美の姪であり、同社の継承予定者として、業務に従事しながら経営を学ぶ。「松下幸之助経営塾」と「田村潤実践経営塾」の卒塾生。

「存在する価値がある会社かどうか」

笹本 以前、理念経営の大切さ、その会社が何のために存在するか、についてお話をお聞きしたときに、私の中に衝撃が走ったといいますか、すんなり腑に落ちました。ただ、弊社は物流業で「事故がないように」「破損がないように」という目先のことにとらわれがちで、理念経営といような考え方がもともと根づいていなくて。

田村 笹本さんはその現実を非常に素直に受け止めていて「やっぱり会社には使命のようなものがあるのではないか」とおっしゃったのが印象に残っています。理念とは言葉ではわかっていても、実際に組織として実行できるかどうかは別問題なんです。それぞれの会社で実現してもらわないと意味はなく、そのために田村塾を起ち上げたんです。ところが、コロナ禍になってしまい、それぞれの会社で自分たちの組織をまとめて、一つの理念に向かうという作業が難しくなってしまいました。

笹本 白根運送の物流事業も、コロナ禍を通して“エッセンシャルワーカー”のように言われ、世の中のインフラとして必要なビジネスだと少し理解されてきたように思います。

田村 業績も順調ということで何よりです。多くの物流業者がある中で、白根運送さんは60年以上も続いてきた。では「白根運送は何者なのか」。笹本さんから聞いていると、やっぱり創業者からの“地域のため、地域の方に喜んでもらう、役に立つ”ということへの集中度が並外れていたんだと思う。白根運送が引き継ぐのはその精神だろうと思いますね。

笹本 「誰かのために」とか「社会のために」という利他の精神は大切ですし、そんな気持ちを社員たちにも感じてもらいたいです。ただ、お客様に喜んでもらうとか、業種柄エンドユーザーと直接触れ合う機会が少ないため、役に立っている実感を得ることが難しい。そういうところからはモチベーションが上げにくいと感じます。会社が何のためにあるのか、自分の仕事がどんなふうに役に立っているのかを、もう少し自信をもって日々の仕事に取り組んでいきたいと思うのですが……。

田村 白根運送さんの使命を考えると、このサービスを一人でも多くの顧客に提供することですよね。でも、サービスの水準を落としたら元も子もないわけですから、量を増やすと同時に質ももっと上げていくという、これが使命になりますよね。

私の場合は「キリンという会社は日本に存在する価値があるのかどうか」を真剣に考えました。過去の経営者たちの「お客様のためだけに最高のビールをつくって、それを飲んでもらって喜んでもらう。世界一美味しいビールをつくる」、これが誇りになりました。日本に残す価値があるから立ち上がろうと。立ち上がるというのは、最後の一人になっても戦うということです。当時、1万人の社員がいたけれど、1万人を敵にしても、キリンを存続させるために戦うと覚悟を決めたんです。

笹本 白根運送も山梨に、日本になくてはならない企業になりたいと思います。

決めたことをやり抜く“しつこさ”

田村 僕の経験でいうと、当たり前のことができていなかったので「基本をやる」ことから始めました。高知支店の責任者として行ったとき、営業日誌を出さなくても客先を訪問しなくても平気だとか、そんな状態でしたので、まずはそこから改善し、決めたことは必ずやり抜く習慣を作っていきました。お客様との接点が増える中で、理念の重要さに気づいた瞬間がありました。

そのあと名古屋に移ったときは、逆に理念から実行に落としこむようにしたんです。「キリンの理念を実現するためには何をすればいいか」を全員で議論して決めました。「我々は予算が決められていて、人員も限られている。お金も人も少ない中でどうするか」。するとそれを乗り越えようとしてイノベーションが起こる。それで変わっていったんです。そのコツはやっぱり“しつこさ”なんですよ。

笹本“しつこさ”ですか?

田村 「理念なんてそれは田村さんの理想でしょ? 自分たちは給料をもらえればいいんだから」と思っている社員が大多数。そこは1対1でよく話をしました。「自分はここをめざしたいんだ。君はどう思う?」と。社員は「そんなこと無理ですよ」とか言いますが、そこからが勝負だと思います。「この会社を舞台にして、もっと社会の役に立って、多くの人に喜んでもらえれば、僕たちも幸せになれる。だからそこに向かって協力してもらえないか」というスタンスを一貫して取り続ける。毎日「協力して、協力して」と言い続けると、半年ぐらい経つとみんなだんだん諦めてくる(笑)。メンバーが見ているのは「リーダーが本気かどうか」だけなんです。

笹本 本気度を伝えることは大切ですよね。

田村 たしかに白根運送さんのようにインフラのビジネスは難しい。あって当たり前と思われているから。だから役に立っている実感を持ってもらうには、なるべく具体的な現場のファクト(事実)が必要です。僕の場合にはお客様の声や、少しでも数字が上がれば、どんな小さなことでも全員にフィードバックしました。みんなの行動の一つひとつがお客様に間接的にでも役に立って、それは業績にもつながると実感してもらうためです。社員が関心を持つのは現場の事実です。理念には関心がなくても、実績が理念につながっていれば、やっていることが必ず世の中の役に立つんだと感じることができる。他の物流会社ではなく、白根運送が運ぶことによってできるということを、あの手この手で言い続けることです。

笹本 いま意識して取り組んでいるのが、自分の名前を名乗り、相手のお名前も確認して、しっかりあいさつをし、コミュニケーションを取るということです。自社でも、お客様の工場内での仕事でも、他社のトラックのドライバーさんたちが荷物を積み込みに来ます。そこで、弊社のフォークリフトオペレーターは、ドライバーさんのお名前を聞いて、初めての方なら自分も名乗る。「今日、積み込みを担当します笹本です。よろしくお願いします」と。相手の方も伝票や名札で確認して「田村さん、今日はよろしくお願います」とあいさつをする。この繰り返しで、一人ひとりに寄り添った姿勢を常に心がけるようにしています。小さなことかもしれませんが、愛される会社になるために、これからも全社で良い習慣を続けていきたいと思います。

「共感、共創」で同業が見学に来る会社に

田村 笹本さんはトップダウンで「これをやれ」というよりも、社員さんの変化を見ながら「これをやろう」って決めていくタイプ?

笹本 そうですね。たとえばただ「あいさつをしましょう」と言うと、「どうしてやらなきゃいけないんだ」と反発が出てくると思うので、会社の企業理念や使命に紐づけて「うちの会社の行動指針のここに当たります」ということを伝えて「これを実現するために、これをやっていきたいのですが、皆さんはどう思いますか」みたいに常に問いかけるようにしています。

田村 キリンと違うと思うのは、ビール会社のような製造業は量のビジネスなんですよ。大量に売ると工場でコストダウンができて効率が良くなるという意味で、量がキーポイントなんです。お話を伺っていると、物流は量じゃなくてクオリティですよね。世界最高品質の物流というのは何なのかというのを考えて、目標を決めてやっていくと、新しい話が来たり、結果として量が増えてきたりするのではないでしょうか。

笹本 ビールは「売り切れたから他社さんで買ってよ」とはならないですよね。でも、運送は代わりができてしまう。白根運送が運べないから別の運送会社で運ぶわと。運ぶだけなら、千円でも安いほうがいいとなりがちで、差別化するのが難しいと感じています。「五千円、一万円高くてもいいから、白根運送に運んでもらいたい」「うちの工場にも入ってもらいたい」、そう思ってもらえるのがゴールというか、そこと理念経営をいかに結びつけていくかということを考えています。

最終の目標としては、「白根ってすごいらしいよ」と同業が弊社に見学に来て、運用の仕方や、やり方をみんなが参考にしてくれるような会社にしたいです。そして、それを社員みんなで考えてやっていきたいと思っています。私自身が考えた言葉で「共感、共創」、共に感じ、共に創るというのがあります。会社の理念とか使命に共感してくれる人と一緒に会社を創っていくということで。

田村 「白根運送で運んでもらうのが誇りだね」となれば、お客様にとってもいいことだし白根運送にとってもすばらしいことなので、いかにブランド力を上げるかですね。経営理念って「お客様の〜のために」とかあるんですが、そうではなく具体的に「同業が見学に来る」という目標、これはいいと思います。

笹本 自分の仕事を誰に誇れるのかと考えたとき、それはもちろんお客様のためであるのですが「自分たちの仕事に価値を見出す」となると、やっぱり同業の人たちに「あそこはすごいよ」と言って見に来てもらえるのがやりがいに直結するのかなと。最近、そう思うようになりました。

田村 リーダーの一番大事なことは正しい戦略を作ること。あとは実行だけなんです。社員全員がそういう行動を取ってくれたら、必ずここに行き着くという、その正当性が必要です。頑張ってください。

笹本 本日は勉強になりました。ありがとうございました。

左:笹本清美(白根運送株式会社 代表取締役) 右:田村淳氏(100年プランニング株式会社 代表取締役)